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東住吉放火殺人事件もう一つの視点

冤罪かどうかが問われる事件では、必ずと言って良いほどに「自供」が証拠とされ、捜査段階とは異なる証言を被告が裁判で行なっています。自尊心が高く、強い意志を持っている人は、事実と異なる発言はしないでしょう。まして、殺人事件において、無実の人間が自分がやったなどと言うはずがないと誰もが信じています。特に警察では、海千山千の犯罪者を相手にしており、被疑者の嘘をどう見破るかが取り調べた者の力量であるとされています。つまり、社会には冤罪を生みやすい土壌が最初からあるのです。

では、親の顔色をうかがって育った子供は、いつでも自分の気持ちを正直に伝えられるでしょうか。親に操作されて育った子供は、親が振りかざす勝手な理屈に対して、正々堂々と反論できるでしょうか。親を満足させようとして「いい子」になっていた子供は、強圧的な態度に迎合せずに、自分の考えを主張できるでしょうか。世の中には一定数の被虐待児が存在します。彼ら彼女らは成人後も、無意識に根を張った親の支配に苦しんでいます。そういう人々が犯罪の容疑をかけられた場合には、簡単に「自白」するでしょう。そして、そうした態度は、無罪だと信じたい人に対しても同様に作用します。支援者に気に入られようとして迎合する可能性も十分あるのです。

東住吉放火殺人事件では、母親が捜査段階で放火殺人を認めています。いくら警察の誘導があったとしても、彼女には長男もいたのです。やはり、母親は自尊心が低く、自分を大切にするように育てられなかったから、「もう、どうでもいい」と投げてしまったのでしょうか。それとも、二人の子供に多額の保険金をかけていた事実や給油キャップが締まっていなかった事実が示すように、犯人なのでしょうか。足利事件でも同様に感じますが、検察は自己主張できない、迎合してしまう人々を丁寧に捜査すべきです。

 
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2015-10-30 : 情緒的虐待/身体的虐待/性的虐待 : コメント : 0 :

東住吉放火殺人事件もう一つの落ち度

東住吉放火殺人事件で一昨日釈放された元内縁の夫は、なぜ強姦罪で起訴されなかったのでしょうか。親告罪であるならば、なぜ警察は母親に刑事告訴を勧めなかったのでしょうか。通常,家庭内の性的虐待は長期に及ぶのであり、加害行為は火災があった日だけではないと推定できます。放火殺人容疑とは全く別の容疑として正しく立件していれば、その点においては正義がなされたはずです。結局のところ、警察は思い込みで殺人事件の犯人を作り出した上に、亡くなった小学6年生の少女の被害を無視したのです。

刑法第177条には「暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする」とあります。一般に、親告罪で告訴できる期間は6か月間に制限されていますが、性犯罪には告訴期間に制限がありません。ただし、強姦罪にも公訴時効があり、その期間は10年間です。したがって、それ以降は事件を起訴できなくなってしまいます。

ただし、民事裁判で責任を問うという手法も有り得ます。少女の母親は刑務所の中からでも、2006年1月に元内縁の夫が認めた段階で損害賠償請求できたはずです。現時点では、民法第724条が規定する20年間が経過したと認定される可能性が高いですが、支援者はこうした面でも支援すべきでした。火災で死亡していないならば、この少女は成人後の現在も苦しみ続けているでしょう。放火ではなく、ただの火災であったとしても、少女は尊厳を取り戻せません。冤罪だと騒ぐだけではなく、亡くなった少女に思いを至らせる感性を持って欲しいと思います。

 
2015-10-28 : 情緒的虐待/身体的虐待/性的虐待 : コメント : 2 :

東住吉放火殺人事件もう一つの真実

大阪市東住吉区で、母親と内縁の夫が死亡保険金目当てに自宅に火をつけて、小学6年の長女を殺害したとされる、いわゆる「東住吉放火殺人事件」の再審開始を大阪高等裁判所が認めました。無期懲役が確定していた二人の刑を執行停止するという決定も出され、今日にも釈放される見通しです。

テレビや新聞の報道では一切触れていませんが、内縁の夫は長女を強姦していました。警察は、遺体の膣から内縁の夫の精液を検出したと母親に告げており、その事実を母親は手紙にしたためています。そして、その内縁の夫自身が加害行為を認めているのです。

朴さんからのメッセージ(4)2006.1(東住吉冤罪事件を支援する会)

この事件では、ガソリンを実際に撒いて再現した実験をテレビ朝日の「ザ・スクープスペシャル」で報じていましたが、性的虐待については何も情報がなかったと思います。昨日の「報道ステーション SUNDAY」でも再現実験を詳しく解説していましたが、この事件を追っていた長野智子キャスターは触れずじまいでした。

確かに放火殺人は冤罪なのかもしれません。また、強姦罪は刑事事件として起訴されていません。しかし、その事実を意図的に避ける理由はどこにもありません。一般的な報道では、事件の周辺状況まで伝えているのですから。こうした背景があったからこそ、冤罪に繋がったとも考えられます。事実を伝えて偏見が生じたとしても、それは加害者が引き受けるべき痛みとしてやむを得ないでしょう。近親者が子供を強姦したと報道機関が報じないせいで、なかったことにする暗黙の圧力が作られています。

 
2015-10-26 : 情緒的虐待/身体的虐待/性的虐待 : コメント : 0 :

「絶歌」元少年A 再犯の可能性

元少年Aの心理状況から判断すれば、彼が同じような事件を起こす可能性は低くありません。医療少年院の関係者は、努力を尽くして少年を育て直したと思います。退院後に職場や住居を提供した方々も、心を砕いて少年に向き合ったのだと思います。しかし、最も重要な両親は、彼の本心を理解しようとせず、乳幼児期の養育について反省できません。そのせいで、元少年Aは怒りを抱えたままになっています。

元少年Aの自己表現からは苦しさしか感じません。凶悪な殺人犯だから苦しくて当然かもしれませんが、それでは社会が危険に晒されてしまいます。果たして、彼の両親は彼に心の底から謝罪したのでしょうか。誰か、彼の苦しみを取り除いてください。彼に両親との対決を勧めてください。現在都内で頻発している小動物の虐殺が、元少年Aの仕業ではないと願いたいのですが、報道に挑戦しているかのような態様は過去の事件と重なります。その先には再犯の可能性もあるでしょう。

彼の苦しみは哀しみでもあり、心の奥深くに潜む怒りから湧いています。怒りを自分で認識して放出できれば、多少なりとも怒りは治まります。抑圧された感情は、その感情に問題があるのではなく、抑圧している状態に問題があるのです。だから、泣けばスッキリするし、怒鳴れば心が落ち着きます。喜怒哀楽を素直に表現できるかどうか、それがエンパワーメントの鍵のような気がします。自分の感情に気付いて、どんな感情であっても肯定的に受け止め、適切な方法で解放できれば、心的外傷が癒されるのだろうと私は考えています。

 
2015-10-21 : 機能不全社会 : コメント : 0 :

「絶歌」元少年Aへ-4

さて、あなたは「絶歌」で、殺害した二人の被害者遺族には文章で謝罪しています。ところが、あなたが傷付けた大勢の被害者や動物には謝罪していません。あなたが起こした事件やその後の更生のためには、莫大な税金が費やされていますが、関係者への感謝や国民への謝罪もありません。両親や弟には謝意を語っているのに。結局、あなたの視野はまだまだ狭過ぎて、子供のままの精神で、社会人として生きていけるほどに成長していないのでしょう。

あなたは今でも居場所がないと感じているようですが、「絶歌」の出版もウェブページの公開も悪役を演じて居場所を作ろうとしているのだとわかります。金目当ての出版だと批判されたり、ナメクジが気持ち悪いと非難されたりしても、構ってもらえるのが嬉しいのでしょう。そして、そんな悪い子でも両親が自分を見捨てないか試し、承認欲求を満たそうとしています。つまり、あの頃と何も変わっていません。

もう、やめて欲しい。これ以上、他人を巻き添えにしないで欲しい。このままでは、もっと世間の関心を惹きたくなって、もっと両親を試そうとして、さらにエスカレートしてしまいます。あなたの両親には、あなたが起こした事件の意味を理解できません。両親に愛情を求めても、何も得られないと諦めてください。子供を操作する親、責任転嫁する親、外面の良い親、子供を支配する親について勉強してください。共依存から脱して、自分の本心に気付いてください。あなたがすべきは両親との対決です。

 
2015-10-19 : 機能不全社会 : コメント : 0 :

「絶歌」元少年Aへ-3

あなたは猫の虐殺や一連の事件の原因を自分の性的衝動に求めていますが、それは間違いではないでしょうか。生まれながらにして殺意と性的衝動が結びついているならば、すべての動物は絶滅しているはずです。殺意は怒りによって生じるのであり、残虐な行為によって性的に満足できるならば、怒りと性的衝動が関連付けられた認知の歪みが生じていると考えた方が理に適っています。

「絶歌」では、単に自分が異常者であるかのごとく決め付けているだけで、認知に対する検証を行なっているようには見えません。そもそも、少年が電気按摩器を使ったからと言って、特に変わった行為だとは思わないし、それが祖母の遺品であったとしても違和感はありません。それよりも、性的な衝動に意図的にこだわり、性的な表現を多用している文章からは、無意識に何かを隠そうとしているのではないかとさえ感じます。

また、あなたは射精で痛みを感じるとも記述していますが、それが自慰行為ではなく自傷行為であると考えたことはありますか。普通は快感を得るために射精するのであり、それは生命が何億年もかけて作り上げた種を存続させるための仕組みです。わざわざ自分を痛めつけているならば嗜癖と変わらないし、嗜癖と同様の原因があると推定できます。もっと正直に自分と向き合わなければ、何も見えて来ないでしょう。

 
2015-10-16 : 機能不全社会 : コメント : 0 :

「絶歌」元少年Aへ-2

あなたは、小学校入学までの記憶がほとんどないと振り返っています。なぜ記憶がないのか深く追求したのでしょうか。「絶歌」からは読み取れませんでした。通常、人の記憶は3〜4歳頃から残っているはずですが、あなたは記憶を封印してしまいました。それは、記憶に留めたら生きていけないほどに苦しく、哀しい毎日だったからです。つまり、解離して自分を守ったのです。その解離症状は、乳幼児が養育者から感情を受容してもらえなかった痕跡であり、不適切な養育が行なわれた証拠です。

そして、幼稚園での暴行から連続殺傷事件に至るまで、何年にも渡って、あなたはその苦悩を暴力によって表現し続けていました。特に、女児二人を殺傷した後に、友人を殺しかけていたにもかかわらず、あなたの両親はあなたの本心を見ようとせず、教師は適切に対処しませんでした。だから、さらに殺人事件を起こして、遺体の一部を校門に置いたのですね。あなたの過去をきちんと辿れば、生育歴や抑圧された怒りとの因果関係は明確になります。

本当は理解しているのではありませんか。自分が抱えている問題は両親に起因すると。あなたは真実を避けようとして、異様な程に比喩を用いた文章を多用し、自分が感性豊かな人物であると装おうとしています。素晴らしい家族像を描き、両親に罪はなく、ただただ自分が悪いのだと記述して、親の愛情を得ようとしています。「僕が母親を愛する以上に、母親は僕を愛してくれた」という、その文章に空々しさを感じるのは私だけでしょうか。どれだけ親を擁護しようとも、あなたは両親の愛を獲得できません。それは両親が「愛」を知らないからです。

 
2015-10-14 : 機能不全社会 : コメント : 0 :

「絶歌」元少年Aへ-1

「絶歌」を読みました。各所で酷評されている通り、この出版に意味があったのか私も疑問を持っています。自分の存在を伝えたいというあなたの意思は大切にすべきです。また、表現の自由を最大限に認めるべきだと私は考えていますが、それでもこの内容では時期尚早だったと思います。あなたは自分に向き合っているようでいて、最も重要な両親と自分との関係には真摯に目を向けていません。

そして、あなたは医療少年院での育て直しについてほとんど触れませんでした。私は、あなたの両親が書いた「『少年A』この子を生んで……父と母悔恨の手記」も読みましたが、あなたもあなたの両親も感性が劣っていると感じました。既に指摘されているだろうと予想しますが、あなたが生まれ育った家庭には受容や共感が欠けており、あなたは抑圧した否定的な情動を抱えたままです。

人の情動は、感性のやり取りを通じて健全に育まれます。日常生活を理性で躾けようとしても無関係です。あなたは乳幼児期から感性を否定されて育ったのだから、そこから育ち直らなければ人生を回復できません。ご自身の生育歴に「少年A」になった原因があると認めないならば、永遠にあなたは苦しみから解放されないはずです。

 
2015-10-12 : 機能不全社会 : コメント : 0 :

小学生の暴力の原因は親の支配や無関心

文部科学省の問題行動調査によれば、全国の小学校で起きた児童の暴力行為は4年連続で増えているそうです。中学校、高校はいずれも減少しており、同省は「早い段階から子供に寄り添った対応が重要だ」としています。こうした数値は暴力行為と捉えるかどうかという主観に左右されやすいので、実態とは必ずしも一致しないと私は考えています。しかし、現場の報道なども加味すると、ある程度信頼できる傾向なのだろうと思いました。

小学生の暴力が過去最多 14年度1.1万件、低学年で増加(日本経済新聞)

思春期に暴れる不良少年や不良少女は減少したけど、もっと早い段階で子供は暴れるようになったわけです。親が「いい子」を求めた結果です。原因は現在にあるのではなく、乳幼児期の養育にあります。乳幼児の癇癪や我がままに親が向き合って、何があろうとも子供を見捨てないと態度で示さなかったから、無意識として鬱積した感情が小学生になって噴出し、試し行為を繰り返しているのです。

「感情のコントロールがうまくできない児童が増え、ささいなことで暴力に至る」とは、パーソナリティ障害一歩手前です。こうした子供は、親の価値観を押し付けられ、親の望み通りに操作され、親の都合で構ってもらえなかったのだろうと容易に想像できます。つまり、親の支配と無関心を取り除けば、人格形成期にある子供は回復できるのです。にもかかわらず、社会の大半の大人は「親が遠慮してはいけない」とか「児童相談所や児童精神科医に相談を」などと間違った見方をしています。そんな対応を行なったら事態は悪化するだけなのに。

幼稚園や小学校で暴力を振るう子供は、サインを出し続けています。そのサインを親が無視したり子供に責任転嫁したりするならば、その子はそのまま不良少年や不良少女になるでしょう。あるいは、思春期に引きこもってしまうかもしれません。最悪の場合には、小動物を虐待した挙げ句に、凶悪犯罪を犯すことになります。

 
2015-10-09 : 機能不全社会 : コメント : 0 :

ドラマ「37.5℃の涙」が描いた毒母と毒兄

先月まで放送されていたドラマ「37.5℃の涙」を踏まえて、機能不全家族や毒母について語られている記事がありました。このドラマは、子どもが熱を出したときに仕事を休めない親に代わって、自宅に訪問して子どもの世話をする『病児保育士』を主人公としています。ヒロインの奮闘と成長を描くだけではなく、彼女が幼少期に受けた虐待や成人後も続く母や兄からの支配を織り込んでいます。

「母に支配される娘」のどうにもならない葛藤/愛情という名の心理的虐待は根が深い(東洋経済ONLINE)

私はこのドラマを見ていたのですが、ようやく情緒的、心理的、精神的な虐待もテレビドラマに取り上げられるようになったのだと感じました。また、上記Webページは「東洋経済」という経済誌の情報ですが、そういった場で解説されている状況も情緒的な虐待への関心の高まりを表していると思います。「寺内貫太郎一家」とか「ありがとう」のような無害な家族を描くドラマは嘘っぽいと、誰もが気付き始めた兆しでしょうか。

まあ、テレビドラマですので、わかりやすいエピソードや大げさな演出が多少気にはなったのですが、本質を捉えている良質のコンテンツでした。それは、家族問題などに取り組む臨床心理士の信田さよ子さんが監修していたからでしょう。「Dr.倫太郎」とは大違いです。

 
2015-10-07 : 機能不全家族 : コメント : 2 :
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プロフィール

清水賢一

Author:清水賢一
境界性パーソナリティ障害・解離性同一性障害であるパートナーとの約7年間の生活を「ちゅーしても、いいよ 親の支配から生還した真由美の記録」として出版しました。私が彼女の心のトラブルに気付き、その原因が次第に明らかになり、 彼女が事態を受け入れていく実話です。様々な出来事がありましたが、現在では安定した状況となり、毎日問題なく過ごせています。私の経験を元に、機能不全家族の連鎖を絶って被害者が回復できるように提言します。

ちゅーしても、いいよ 親の支配から生還した真由美の記録 前編

ちゅーしても、いいよ 親の支配から生還した真由美の記録 後編

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