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親子三代に関係する殺人事件

最近見た情報では、殺人事件の30%は親族間で起きているそうですが、以下の事件もそうした事例の一つです。殺された祖父母は死人に口無しなので、ただの被害者として扱われるのでしょうね。けれども、敢えて非常識な言い方をしますが、娘や孫が犯罪者になるような養育を行なったのは、そもそもこの二人です。

埼玉・祖父母殺害 不遇な生い立ちなど酌量、孫の少年に懲役15年判決(産経ニュース)

「私たちも待っています」 裁判長、少年更生へ思い込め説諭 埼玉・祖父母殺害(産経ニュース)

少年の母親が、「(祖父母を)殺してでもカネを借りてこい」と言ったそうですが、その殺意は本心ではないでしょうか。おそらく、母親に対する祖父母からの不適切な養育があったはずで、その結果として母親の人生は不遇なものになっています。

そして、共依存関係にある少年は母親の命令に逆らえなかったのです。それほど、親に対する思慕や承認欲求は頑ななのでしょう。愛情を得られなかった子供の哀しく痛ましい性です。子供を服従から解放する手だてはないのでしょうか。

 
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2014-12-29 : 機能不全社会 : コメント : 0 :

秋葉原の無差別殺傷事件の上告審弁論

多くの人が、もう事件は終わったと思っていたかもしれませんが、秋葉原の通り魔殺傷事件で上告審(最高裁)の弁論が開かれたようです。高裁で判決が出て以来、かなり時間が経過していましたが、再度精神鑑定などは行なわなかったのでしょうか。まあ、聞いたことのない病名が次から次へと発明される業界ですので、鑑定人の結果は千差万別でしょうが。

「加藤被告は急性ストレス障害だった」弁護側が死刑判決破棄を要求 最高裁弁論(産経ニュース)

国選弁護人が適当に処理しているのかもしれませんが、弁護側の言い分には呆れる他ありません。たかがネット上の軋轢ごときで心神喪失や心神耗弱になるなら、心神喪失や心神耗弱になった人が日常的に溢れかえっていなければなりません。そもそも、心神喪失や心神耗弱なら秋葉原という聖地を選べませんし、そこを歩いていた若い男性4人組をターゲットにできません。

機能不全家族に生まれ育った犯人が、この凶行を実行した理由は何も明らかになっていません。結局、この事件でも真相は闇に葬られるのでしょう。機能不全家族に生まれ育った子供は大勢いますが、こんな事件は起こしません。機能不全家族に何らかの要素が加わらない限り、これほどの憎悪や殺意は生じないのではないでしょうか。

 
2014-12-27 : 機能不全社会 : コメント : 0 :

調査報告 "消えた"子どもたち~届かなかった「助けて」の声~

社会から消えた子どもたちについてNHKスペシャルが取材・放送していました。健全に育った者は、毎朝起きて、家族で食事をとって、学校や職場に行き、帰宅して家族団らんを過ごす生活が当たり前だと思っています。しかし、現実には一定数の不健全な親が存在し、子供が被害に遭っているのです。NHKスペシャルは深夜に再放送されますので、心的外傷を受けた人を支援している人は必見です。虐待を受けた方は回復の度合いによって注意が必要ですが。

調査報告 "消えた"子どもたち~届かなかった「助けて」の声~(NHK)

番組自体は、見えにくい現状を丁寧に取材していて秀逸でした。ただ、子供が学校に行けない要因について、経済的な困窮や精神疾患のせいにしているだけで、底が浅いとも感じました。子供に目を向けるだけでは何も解決できません。その子供の親が、なぜ十分な養育を行なえず、当たり前とされる家庭を築けないのか考察すべきです。支配・被支配、共依存、虐待、責任転嫁、虚栄といった家庭環境に育った親を理解すべきです。自尊心と養育態度の相関関係を調査すべきです。

さらに言えば、佐世保や北海道南幌で起きた事件に見られるような、裕福な家庭の問題には少しも踏み込んでいません。この番組が報道した内容は一面的なケースであり、本質的には何も変わらない虐待を受けている子供や受けていた大人が社会には大勢いると人々は知るべきです。他人事として見落としてはいけません。機能不全家族の連鎖に目を向ければ、根本的な要因に対処できるはずです。

 
2014-12-25 : 機能不全社会 : コメント : 2 :

PTSDとC-PTSD

ボクシングに例えて言うと、PTSDとは強烈なノックアウトパンチです。しかし、そうした単発の経験とは別に、強制収容所に監禁されて拷問を受けた人や夫から恒常的な暴力(DV)を受けていた人などに、共通の心身の反応が見られたことからC-PTSD(Complex post-traumatic stress disorder/複雑性PTSD)という概念が作られました。ボディブローを受け続けるように、長期間に渡って心身が危険に晒された場合に起きる反応です。人格障害や不安障害、抑うつ、躁鬱、自傷、解離といった様々な症状が複雑に混ざり合って現れます。

C-PTSD理論を提唱したハーバード大学精神科医のジュディス・ハーマンは、最初からC-PTSDを提唱しようとして研究していたわけではありません。DVや児童虐待の被害者などに観察される精神疾患を膨大な臨床例から分析したところ、特定の傾向や症状、原因などについて体系化せざるを得なくなったのです。PTSDでは説明できないので、C-PTSDとして理論化したわけです。

特に、家庭内で幼少期から長期間に渡って性虐待を受けていた場合に、重度のC-PTSDになると分析しています。そして、極限状況の生存者としての最も重い症状が解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder/DID)だと断じています。つまり、DIDにはC-PTSDに見られるほとんどの症状が含まれているのであり、DIDの理解は様々な精神疾患の理解に他ならないのです。解離については機会を見て解説しますが、アダルトチルドレンとBPD、DIDを当ブログで論じている理由はそこにあります。

   



2014-12-23 : 解離性同一性障害/解離性同一症/多重人格(DID) : コメント : 0 :

PTSDと尊厳

PTSD理論は、ベトナム戦争の帰還兵に共通して見られた症状に端を発しています。原則として、1回あるいは短期間の衝撃的な出来事を原因とする症状に向けて作られた理論です。簡単に言ってしまうと、自分の命が脅かされるような事件、事故、天災に遭って、自分の命を守ろうとする反応が起きるわけです。私の交通事故も同様で、ノックアウトパンチの一撃によってダウンしたので、パンチが飛んでくる前に避けるようになりました。

さて、強姦被害に遭った場合もPTSDと同様の症状が現れる場合があります。親密な相手との性行為に対して怒りが湧いてきたり、性行為ができなくなったり、その反対に性的逸脱行動をとるようになったりします。性行為に嫌悪感を感じたり避けたりするのは、危険を避けるという意味でわかりやすいです。しかし、性的逸脱行動、つまり不特定多数とのセックスなどに陥ってしまうのはなぜでしょうか。それは、自分の尊厳を取り戻すためだと考えられています。

自分が受けた被害を矮小化するために、セックスなんて些細なことだと思い込もうとする。加害者が男であるならば、自分の身体を武器として多くの男を支配し、軽蔑しようとする。あるいは、自分は汚れていないと確かめようとする。こうした様々な感情が潜在意識として作用しているのです。つまり、これもPTSDにおける反応です。

私の交通事故による被害の場合、危険が伴う反応を避けるためには、自動車やバイクに乗らないという選択肢があります。けれども、私はそういう選択はせずに、運転する楽しみを捨てません。きっと、逃げたくないのでしょう。もしも、運転しなくなったら、理不尽な事故に屈することになります。PTSDの反応は確かに厄介ですが、意識下に潜む情動を昇華している段階だと考えてはいかがでしょうか。PTSDとは尊厳を守るための過程なのかもしれません。

 
2014-12-21 : 解離性同一性障害/解離性同一症/多重人格(DID) : コメント : 0 :

PTSDの回復

理不尽な被害に遭った場合に、その事実を「忘れなさい」と言う人がいます。最低最悪の対応です。忘れられるほど些細な出来事ならば、最初から強い感情は生じません。まして、自分には非が一切ないのであれば、忘れなければならない理由がありません。怒りや哀しみは、きちんと向き合って昇華しない限り、収まってくれないはずです。被害者の回復を願うならば、一緒に共感して怒り、哀しみ、肯定すべきです。

また、「乗り越えろ」とか言う人も困ったものです。根性論ほど無意味で迷惑な助言はありません。乗り越えられるなら、さっさと一人で乗り越えているわけで、それができないから苦しんでいるのだと理解できないのです。PTSDの場合は特に、自分で自分を制御できない反応が問題ですから、その人に対して「忘れなさい」とか「乗り越えろ」と働きかけても効果はありません。

まず、支援者などの十分なサポート体制を築いて、安全で安心できる環境を手に入れましょう。その上で、根本的な原因に支援者が寄り添います。嘆き哀しみ語る、いわゆるグリーフワークによって感情を癒してから、不適切な反応に取り組みます。軽い症状ならば、認知行動療法のように、反応する出来事に慣れさせるような手法が有効かもしれません。

けれども、症状が重い場合には、そう簡単に慣れることはできません。グリーフワークが不十分だったら、さらに悪化するでしょう。残念ながら、PTSDの反応はそう簡単になくなりません。だから、回復に最も必要な要素は、本人ではなく支援者の「根気」とか「粘り」ではないかと私は考えています。共に諦めずにグリーフワークを続けた結果、本人が自分自身の力で問題を解決していく能力を発揮できるのです。

 
2014-12-19 : 解離性同一性障害/解離性同一症/多重人格(DID) : コメント : 2 :

PTSDの基本

私が経験した交通事故の実例でPTSDについて説明しましたが、PTSDという状況下では自分で自分の行動を制御できません。生存本能に組み込まれた学習なので、衝撃的な出来事に遭遇すれば誰でも成り得ます。この制御不能という感覚は自分で経験しないとわからないでしょう。私は、急ブレーキや急ハンドルが危険なことは重々承知しているのに、左に物体が現れれば自動的に回避行動をとってしまいます。右側に自転車や人が現れても反応しないのですから不思議です。

パニック障害という診断名がありますが、これもPTSDの一種として捉えた方が理解しやすいでしょう。というよりも、精神疾患とされている多くの症状は、PTSD理論によって説明がつくのではないでしょうか。強迫性障害、嗜癖、抑うつなどもそうした状況をもたらす何らかの体験が過去にあり、その体験に心身が対抗しようとしている状態だと考えれば、原因や対処方法などを見つけやすいと思います。

私の場合は軽度の反応であり、日常生活で避けようがないきっかけなので、回復を時間の経過に任せてきました。けれども、状況によっては反応する対象を避けたり、取り除いたりすることも可能でしょう。ただ、PTSDの原因によってはあまりにも多くの物事に反応してしまい、希死念慮を始めとした否定的な感情から逃れられない事態に陥ります。そういう時は、信頼できる支援者などに遠慮なく助けを求めましょう。支援者が一緒にいれば、最低限の安全を確保できるはずです。

 
2014-12-17 : 解離性同一性障害/解離性同一症/多重人格(DID) : コメント : 0 :

PTSDの事例:後編

もしも私がスピードを出していたなら、自転車よりも先に交差点を通過して、事故は起きなかったでしょう。あるいは、狭い路地で引き返さずに、そのまま進んでいれば事故に遭わずに済んだはずです。可能な限りの予防措置を講じていたのに、結果として私は人を傷付けてしまいました。なんと理不尽な事故でしょうか。

実は、私はそれ以前にも何回か交通事故の経験がありますが、PTSDにはなっていません。バイクで大型トラックと正面衝突して、数分意識を失い、軽傷を負ったこともあります。けれども、その事故は自分に原因があり、左カーブで私が対向車線に膨らんでいました。それでも、バイクの運転にも大型トラックにも恐怖は感じませんし、左カーブにも不安を感じません。当然、安全を心掛けるようにはなりましたが。

つまり、心や脳が傷付いて、過剰な防衛反応を起こすようになるためには、自分には責任がないにもかかわらず一方的な暴力や事故に遭ったというような条件が必要なのでしょう。戦場から帰還した元兵士が、自動車を運転中に攻撃されないように、街中を猛スピードで走るといったPTSDの事例があります。あるいは、通り魔によって傷害事件の被害者となり、外出できなくなるといったPTSDの事例もあります。やり場のない、矛先を向けようがない憤りが昇華されずに残っているのだと思います。

交通事故を原因とする私の反応は、以前よりもかなり穏やかになったとはいえ、15年以上が経過した現在でも解消していません。軽度でもそれほどの時間を必要とするのです。もちろん、過剰反応を起こしている神経を特定して、抑える作用を働かせる薬なんてないのだから、薬で解決できるわけがありません。時間と語りによって、徐々に静めるしかないのでしょう。PTSDとは、そういう反応であり症状です。

 
2014-12-15 : 解離性同一性障害/解離性同一症/多重人格(DID) : コメント : 0 :

PTSDの事例:中編

交通事故の2〜3日後、私はタクシーで仕事の打ち合わせに向かっていました。すると、一瞬にして心臓が破裂するのではないかと思うほどの、強い鼓動に見舞われました。ドッキンドッキンとしばらく収まりません。原因は、片側3車線の広い道路を走っている時に、左側の道路から自転車が現れたことです。

その自転車はスピードを出していたわけではありません。普通に交差点で止まりました。私はタクシーの後部座席にいて、運転していたわけでもありません。当然、自転車とタクシーが接触しそうになるはずもなく、何一つ危ない状況はありませんでした。にもかかわらず、私の視界の端に自転車が映っただけで、瞬時に身体が反応していたのです。

私は飛び出し事故の被害に遭ったために、左から物体が現れると瞬時に反応する身体になってしまいました。左から何かが現れたときは危機だから、瞬時に対処が必要で、前頭前野で考える余裕などないと、動物としての原初的な脳、脳幹かどこかに擦り込まれたわけです。そして、同時に恐怖や不安、回避、反撃といった心理状況も発生するように仕組まれてしまいました。

それ以来、自分が運転しているときには、交差点や合流地点などで、左から何かが現れた途端に、私は急ハンドルや急ブレーキで対処するようになりました。右側の車に衝突するかどうかなんて判断していません。後ろの車が追突するかどうかなんて気にしていません。勝手に身体が動きます。前頭前野に情報が到達する前に行動しなければ、敵にやられてしまうのです。これが、PTSDの反応です。その反応は自己防衛であり、危機から身を守るために過剰な反応となるのです。

 
2014-12-13 : 解離性同一性障害/解離性同一症/多重人格(DID) : コメント : 0 :

PTSDの事例:前編

私が軽度のPTSDになった原因は交通事故です。その日、私は入院している父の見舞いに向かっていて、自分の車で慣れていない道路を走っていました。途中、道を間違えてしまい、最初は片側1車線だった道路が狭い路地に行き当たったので、わざわざ引き返していました。

路線バスが通る片側1車線の広い道路に戻り、信号で停止した後で走り始めてしばらくすると、左側の路地から全速力の自転車が目前に突入してきました。急ブレーキをかけましたが間に合うはずもなく、車のフロントバンパーで自転車に乗っていた若い女性を跳ね上げ、彼女はフロントガラスの右上に頭部を激突して、宙を舞って5メートルほど先の道路の右側に落ちました。

私は一瞬呆然となりかけましたが、すぐに彼女の元に駆け寄ると、彼女は立ち上がって「ごめんなさい」と謝りました。しかし、頭部を強打しているので、その場に座らせて救急車を呼びました。見た目には左足の踵が3cm位パックリと割れているだけで出血もなく、他に怪我をしている様子はありません。その後の現場検証でわかりましたが、自転車のペダルがチェーンケースに食い込んでおり、幸運なことにバンパーは身体に当たっていなかったのです。

救急車が彼女を搬送して少しすると、大勢いた見物人の中から中年の男性が現れました。彼女の父親でした。駅で待ち合わせていた娘が来ないので、心配になって自宅の方まで戻って来たのです。女子高生の彼女は時間に遅れて急いでいたのでした。

私は警察の現場検証の後で、ドキドキしながら自分で運転して警察署に行き、事情聴取を受けました。もう、父の見舞いに行く気にはなれず、そのまま帰宅しました。私の後ろを走っていたタクシー運転手が目撃証言もしていたので、その後、法的な責任を問われることはありませんでした。翌日は気持ちが沈んだまま仕事をしていましたが、夜になって彼女の父親に病院での検査結果を聞くと、骨折などもなく、脳に異常もないとわかって安心しました。

 
2014-12-11 : 解離性同一性障害/解離性同一症/多重人格(DID) : コメント : 0 :
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プロフィール

清水賢一

Author:清水賢一
境界性パーソナリティ障害・解離性同一性障害であるパートナーとの約7年間の生活を「ちゅーしても、いいよ 親の支配から生還した真由美の記録」として出版しました。私が彼女の心のトラブルに気付き、その原因が次第に明らかになり、 彼女が事態を受け入れていく実話です。様々な出来事がありましたが、現在では安定した状況となり、毎日問題なく過ごせています。私の経験を元に、機能不全家族の連鎖を絶って被害者が回復できるように提言します。

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